大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 昭和60年(ワ)2780号 判決

原告(甲事件) 甲野二郎

〈ほか一名〉

右二名訴訟代理人弁護士 楠田堯爾

同 加藤知明

同 田中穣

原告(乙事件) 甲野三郎

〈ほか一名〉

右二名訴訟代理人弁護士 初鹿野正

被告(甲乙事件) 甲野一郎

〈ほか二名〉

右三名訴訟代理人弁護士 吉田清

同 加藤毅

右被告三名訴訟復代理人弁護士 山田博

主文

原告ら(甲乙事件)の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

一  原告ら(甲乙事件、以下「原告ら」という)は、「原告らと被告らとの間において、別紙遺言書目録一記載の遺言書は無効であることを確認する。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決を求め、請求原因として次のとおり主張した。

1  被告甲野一郎(以下「被告一郎」という)は、父甲野太郎(以下「太郎」という)に対し、昭和三三年ころ過大な財産の分与を要求したため、太郎との間が険悪となり、太郎や太郎が代表取締役をしていた株式会社甲田に各種の訴訟を提起した。

2  被告一郎は、太郎以外にも母花子(以下「花子」という)、原告甲野二郎(以下「原告二郎」という)、同甲野三郎(以下「原告三郎」という)らに対してもことあるごとに抗争的態度をとり、そのため甲野家では平和を欠くに至った。

3  太郎は、昭和五七年三月二四日に死亡し、花子に一〇分の三、その他の相続人に一〇分の一の割合により遺産配分するよう遺言していた。しかし、花子は、右遺言に不満であり、一〇分の五を主張したが、被告らがこれに反対したため、花子は被告らの態度に立腹していた。

4  花子は、右のような被告一郎の態度等に立腹し、さらに同人が多額の生前贈与を受けているから一〇分の一の遺産を相続させる必要はないと言っていたし、被告乙山春子も生前贈与を受けており、被告丙川夏子についても実子がないから遺産を相続させる必要がないと言っていた。

5  右のような事情から、花子は、別紙遺言書目録二記載の遺言をなした。

6  ところが被告乙山春子、同丙川夏子は、花子が右遺言をなしたことを推察し、昭和五八年一〇月二〇日、三重県鳥羽市にある株式会社乙田の別荘に花子を誘い出し、同所で花子に右遺言の内容を明らかにするよう強硬に迫り、花子が断ると病弱の体であることを承知のうえで右遺言を取消すよう執拗に迫り、花子に眠ることを許さず疲労困憊させたが、なおも執拗に追求した。花子は、このままでは眠ることを許されず、どんな危害が加えられるかわからないと畏怖し、ついにやむなく、別紙遺言書目録一の遺言(以下「本件遺言」という)を作成した。その際花子は印鑑を所持していなかったので、署名下に指印で押捺させた。

7  原告らは、本件遺言は強迫に基づくものであるからこれを取消す。

8  本件遺言の押印は、指印によるものであって、印鑑によるものでなく、適法な遺言ではない。

二  被告らは、主文と同旨の判決を求め、1項のうち被告一郎が太郎や株式会社甲田に各種訴訟をなしたこと、3項のうち太郎が昭和五七年三月二四日死亡し、原告主張の遺言をしていたこと、5、6項のうち、いずれも原告主張の遺言がなされたことは認め、その余は否認すると述べた。

《証拠関係省略》

理由

一  請求原因1項のうち被告一郎が父太郎や株式会社甲田に各種訴訟行為をなしたこと、3項のうち太郎が昭和五七年三月二四日死亡し、原告主張の遺言をなしていたこと、5、6項のうち、いずれも原告主張の遺言がなされたことは当事者間に争いがない。

二  本件遺言成立の経緯

《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

1  被告丙川夏子、同乙山春子は、子供たちとともに花子を連れて、昭和五八年一〇月一〇日、株式会社乙田の所有する三重県鳥羽市の別荘に遊びに行った。それは、花子がそれまでも同被告らと何度か旅行に行ったことがあり、鳥羽の別荘には、太郎の遺品もあったため、一度見たいから連れて行ってくれるよう同被告らに頼んだからであった。

2  ところが、右被告らは、その日の夜、花子から、気にそわない遺言を原告二郎に書かされ、取消したいと言われた。そこで、被告らは、そんな遺言ならば、原告らに言って返してもらうか、書き直したらいいと助言した。これに対し、花子は、書き直したいので弁護士に相談すると言っていた。

3  花子は、鳥羽から帰った後、同月一二日、弁護士事務所に遺言の相談に行ったが、太郎の遺産相続の問題が片づいてからの方がよいと助言され、そのときは何も書かずに帰った。

4  花子は、同月二〇日、たまたま株式会社乙田の事務所に行った際、被告丙川夏子に対し、右弁護士事務所での話をしたが、どうしても前の遺言が苦になると話したところ、それならば取消せばいいと同被告から言われ、同事務所で本件遺言を書いた。しかし、その際花子は印鑑を所持していなかったため、代わりに指印を押した。

《証拠判断省略》

三  強迫の主張について

原告は、本件遺言が強迫によるものと主張するが、遺言取消の方法を知る花子が、本件遺言後一年以上も取消等の措置を取っていないうえ、右認定のとおり本件遺言は原告ら主張のごとく鳥羽の別荘で書かれたものではなく、株式会社乙田の事務所で書かれたものであるから、右は理由がない。

なお、原告は、花子、太郎と被告らとの従前のいきさつを主張するので、この点について付言する。なるほど、前記のとおり被告一郎は、太郎に対し、各種の訴訟を提起していたため、関係が悪く、昭和四九年の遺言では、被告らには相続させない旨定められていた。しかし、その後、右裁判も解決し、太郎と被告一郎との関係は、双方で行き来するまでに回復し、そのため太郎の昭和五六年の遺言では、被告らは原告らと平等に扱われている。しかし、太郎死亡後花子は、右遺言に反対し、自己の取分を多く主張したため、太郎の遺産分割が円滑にはいかなかったが、被告らの説得により、花子が右遺言を承諾したため、一応話し合いができた。花子はそのころ、ガンの手術を受け、退院した後、原告ら被告らに旅行に連れて行くようせがみ、被告らも何度か花子を連れて旅行に行っており、前記鳥羽の別荘への旅行もその一つである。右のように、花子と被告らの関係は、本件遺言作成のころは悪くなく、原告らの主張のような状態ではなかったものと認められる。《証拠判断省略》

右のような状況であるから、本件遺言は、花子の真意によるものであると推認するのが相当である。

四  指印について

原告らは、指印による本件遺言の効力を争うので、この点について判断する。

民法が、遺言に厳格な方式を要求しているのは、遺言者の真意を確保し、偽造、変造を防止するためであることは、いうまでもないが、自筆証書遺言について、遺言者がその全文、日附、氏名の自書の外、さらに、これに押印を要求することは、右要請から疑問なしとしない。しかし、従来のわが国の慣行として署名のうえ押印することが正式の形式と考えられ、そのことによって署名者の意思を確認するのが通常であったところから、右規定は右の趣旨に基づくものと考えられる。ところで、わが国では、古来より慣行として印鑑の代わりとして指印あるいは拇印に同様の役割を果たさせてきており、印鑑不所持の場合には、現在もなお、正式な書面でも指印でその代用をさせる場合は多い。したがって、押印については、前記のごとく慣行上の本人の意思確認の方法であるから、それが指印によるものであったとしても、わが国の慣行に反せず、右押印は指印を含む趣旨と解するのが相当である。

よって、原告らの右主張は理由がない。

五  右によれば、原告らの請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 中谷和弘)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例